2012年11月21日

道南の観光振興を考える(3)

 先日、社団法人函館青年会議所(以下函館JCと略します)主催の「観光地はこだてフォーラム」に参加してきました。基調講演のち有識者による座談会という趣向でしたが、基調講演の講師を務められた清水愼一氏がなかなか痛快な人物で、大変辛口かつ的を射た内容の講演でした。観光業や行政の方々には耳の痛い話の連続だったようです。
 その話の内容ですが、衰退する観光地は旧態依然としたスタイルであるとか、これからの観光は個人が主体で体験や街歩きにシフトしているとか、住民全体で観光を考えようとか、PRにお金をたくさんかけてはいけないなどといったものでした。しかしながら私自身には違和感のない話でそれほど新鮮みも感じない。何のことはない、私が現職の議員だった頃に口を酸っぱくして言い続けた話とだいたい同じだったからです。
 と、こう述べるといかにも過去の自慢話のようで(しかも後出しジャンケンのようでもあり)見苦しい感もありますが、清水氏の話と私の考えが似通っていたというのは、原理的に考えて当然のことでもあります。
 つまり、観光という産業について広く深く捉え、調査を重ねて、真剣に考え続ければおのずと答は近づいてくるものです。そして、清水氏は観光についてのエキスパートであり、長い間、様々な機会にご自身の理論を発信し続けていたのですから、その断片が姿形を変えて私のもとにも届いていたでしょうし、知らず知らずのうちに私の考えに大きな影響を与えたはずなのです。
 ただ、残念だったのは同じ内容の話をしても、私が述べるとよくできた素人とあしらわれ、清水氏だと皆傾聴するという現実です。これは、人々がブランドイメージに左右されている事の現れですが、同時に聞く前から先入観を持つがために問題に対する理解を深める機会を逸しているということでもあります。
 世間では、声が大きく様々な発言をする人を有識者であるかのように受け止める傾向がありますが、発信力だけがある単なるアジテーターもまたたくさんいるのです。自分たちが抱える問題を解決するにあたって、本当のノウハウを持つ者は誰なのかということをもっと真剣に考えた方がよいと思います。

 さて、清水氏は講演の中で繰り返し「街歩き」を訴えておりました。人が住み、それぞれの人生の一部分がモザイクのように組み上がっていき、長い時間をかけて形を成す「街」という構造体は、それ自体が深い魅力を有しています。「街」にはそこに住む人々が見せたいと願って作り上げた姿もあれば、必要に応じて自然と形づくられた街並みもあります。それは、人々の意志とその土地の環境が織りなす文化であるとも言えます。
 しかし、「街」を歩き、知ることはなかなかに大変なことでもあります。そこにはパンフレットもなくガイドもいません。「街」の一部分を丁寧に紹介することはあっても、全てを手際よく見せることは出来ないのです。それだけに、「街歩き」は様々な魅力を秘めており、楽しみ方も人それぞれなのです。

 そして、これは観光そのものにも言えることですが、「街歩き」は自分達の持つ文化や伝統を見てもらうということと言えます。ただし、わざわざ遠くからやってきて見てもらうからには、ここにしかないものや類い希な価値あるものを見て頂きたいものです。では、私たちの住む土地にある類い希な文化や伝統とはなんでしょうか。
 ひとつ例を挙げると、函館の元町界隈に密集しているお寺や神社、教会などの宗教施設群です。私たち日本人にとって、お寺と神社がお隣同士という光景は見慣れた光景です。そこに教会が加わっても、ロマンや異国情緒を感じるだけでそれほど違和感はありません。しかし、未だ宗教同士の争いが絶えない世界では、異なる宗教施設が至近距離にあるということは、緊張状態を生み出す原因にもなります。カトリック元町教会
 比べて元町の状況は、至近距離どころか石畳のそれほど広くない通りを挟んでハリストス正教会とカトリック元町教会、そのすぐそばには東本願寺函館別院や聖公会の聖ヨハネ教会、船魂神社、妙福寺、少し下るとプロテスタントの日本キリスト教団函館教会、やや離れたところに函館護国神社という密集ぶり。町内会まで一緒という施設同士もあるようです。ここにイスラムのモスクとヒンズーの寺院も建ててもらえたら、ほとんど宗教テーマパークのような様相を呈してくるでしょう。
 異なる宗教同士がこれほど近くにいても互いに争わず函館山に寄り添うようにして共存共栄しているという光景は、世界でも希に見る平和で荘厳な姿であると思います。この光景を可能にした精神や文化も、今までは信仰心や宗教観の欠如と言われてきました。しかしそれは違うのです。私たち日本人は宗教同士の争いをとっくに卒業しているということなのです。祖先が遙か昔に得た、この先進的な精神が結実した姿が元町の街並みであり、これは世界に向けて誇るべきものなのです。

 講演の終盤で清水氏は、耳の痛い話を繰り返した理由を述べていました。曰く、人生の残りも少なくなってきた自分の役割は、行く手に穴があったら教えてあげること。たとえ耳障りが良くなくても、リスクがあったらアドバイスする、とおっしゃっていました。
 氏は自己紹介で、長野県の小諸市の出身であると述べておりました。そして国鉄、JR東日本、JTBとキャリアを積み現在に至る経歴を聞くにあたって、然もありなんと感じました。小諸市、国鉄、JR、そして新幹線というつながりは、長野新幹線の佐久平駅をめぐって巻き起こった様々な出来事を想起せずにはいられません。講演の中では述べておりませんでしたが、氏の様々な後悔や無念は察するに余りあります。
 今回、このフォーラムを開催するにあたって清水氏を招聘した函館JCの皆さんについて、その慧眼を高く評価すると共に、氏の厳しい意見を真剣に受け止めることを求めます。
 清水氏の言葉は警告です。

道南の観光振興を考える(1)
道南の観光振興を考える(2)
posted by しらいし at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 観光

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