2013年12月18日

駅名で揉めてる場合じゃない ―新幹線時代の北斗市を考える―

 開業が2年と3ヶ月ほどに迫った北海道新幹線について、今に至るまで新駅の名称が問題になっています。北斗市市渡のJR渡島大野駅が現存する場所に新たに建設している新駅の名称が「新函館」なのか「北斗函館」で新駅所在地の北斗市と隣接する函館市の間で揉め続けているのです。
 感情論も絡んで、すっかり対立関係になってしまった両市の主張は今のところ平行線のままです。未だにこんな事で揉めているようでは、新幹線の利活用による道南経済の振興など絵に描いた餅になりそうですが、いったいどうしたらよいのでしょうか。

最初の計画はもっと別な場所だった
 函館市の政財界には、未だにJR函館駅(以下、現函館駅と称します)への新幹線乗り入れを主張している人々がいます。主張することは自由ですが、それがどれほど現実味のある話なのかをよく考えなければなりません。 北海道新幹線の路線図。奥津軽・新函館・新八雲・新小樽は仮称。作者Hisagi (氷鷺)
 はっきり申しまして、現函館駅への新幹線乗り入れは元から可能性のない話です。1973年に整備新幹線計画の1線として始まった北海道新幹線ですが、「新函館駅(仮称)」のもともと計画されていた場所は函館どころか旧大野町(現在の北斗市)ですらなく、なんと大沼の付近でした。
 新幹線はスピード重視の路線なので、在来線と異なりできるだけ直線に近いルートを選択します。そのため山があれば迂回せずにトンネルを掘ってルートを確保します。木古内から札幌方向へ直線状のルートをとると、函館・大野平野ではなく大沼・森町の方向になってしまうのです。しかし、道南の中心都市は函館市であり新駅が大沼付近となってはあまりに遠すぎるため、最大限に函館側に寄せたルートが現在建設中のルートなのです。
 現在のルートは大野平野で大きなカーブをたどりながら市渡の新駅に乗り入れする形になっていますが、新幹線は半径約3,000m以下が曲がれないため、大きなカーブに見える現在のルートは新幹線にとっては急カーブなのです。

スイッチバックは不可能
 では、現函館駅に真っ直ぐ入り進行方向を逆にしてから札幌に向かえばよい(スイッチバックといいます)という意見を述べる方もいらっしゃいますが、これも可能性はありません。新幹線のスイッチバックは認められていないのです。
 秋田新幹線はスイッチバックしているじゃないかという反論もあるかも知れませんが、秋田新幹線は新幹線ではありません。ミニ新幹線と呼ばれている秋田新幹線と山形新幹線は、在来線の軌道を標準軌(1,435mm)に改軌し高速化改良を加えた上で、新幹線路線と直通運転できるようにしたもので、法律上は在来線のままなのです。ですから、秋田新幹線のスイッチバックは参考になりません。

現函館駅は新幹線規格で整備したという話
 2003年に供用開始した現函館駅は、新幹線規格で整備したという話になっています。しかし、当時合併前の大野町議会議員だった私は、新幹線関連の中央陳情で総務省の担当者からある話を聞きました。それは、私たち陳情団と担当者の次のようなやりとりでした。
[我々] 今からでも現函館駅への新幹線乗り入れは不可能なのでしょうか。(私たち大野町の議員団としては、函館市との良好な関係も重要だという認識がありました)
【担当者】技術的に見てもあり得ません。
[我々] スイッチバックすれば可能なのではないですか?
【担当者】それもあり得ません。(理由は前述の通り)
[我々] では、何らかの方法でとにかく現函館駅に新幹線が乗り入れるとすると、どういう方法が考えられますか?
【担当者】北海道新幹線の整備はそこで終了です。札幌への延伸はなくなります。それで北海道や札幌市は納得しますか?
[我々] ・・・・・。

と、このような話でした。国の視点では、函館市に最大限配慮して今の位置になったのであり、これ以上の譲歩はあり得ないという感覚なのです。
 問題は、この話は秘密でも何でもなく私たち地方議員の質問にあっさり答えてもらえる程度の情報なのです。ですから、函館市の担当者であっても当然承知のことだったはずです。それなのに新幹線規格で駅舎を建てましたとはどういう話なのでしょうか。
 函館市の政財界の方々と北海道新幹線について話をすると、情報やその理解についてのバラツキに驚くことがあります。国の方針では現函館駅への乗り入れは、ずいぶん前から可能性が無くなっていたという情報は、誰も入手できなかったのでしょうか。それともどこかで誰かに握りつぶされてしまったのでしょうか。
 可能性がないのに多額の予算を投じて駅舎を建設したのなら、それはずいぶんと罪深い話です。

新駅の名称はもともと新函館駅だった
 大野町(当時)の議会議員としては、新幹線の新駅が自分の町にできるということは実に喜ばしいことでした。しかし議会や委員会の場などでは、新駅の名称については一貫して「新函館駅(仮称)」と呼んでいました。もちろん「新大野駅」などという名称になればそれは誇らしい話ですが、いくらなんでも新幹線の駅名に大野はないだろうという認識でした。
 状況が変わったのは上磯町(当時)との市町村合併を経て新たに北斗市となってからです。初代市長を選ぶ市長選挙の最中に後に当選して初代市長となる海老澤順三氏が「北斗駅」なる名称を主張し始めたのです。選挙が終わって市長室に挨拶に伺った際に真意を尋ねたところ、率直に「北斗駅という名称になる可能性はない」という話をされました。
 海老澤前市長の作戦は、いったん北斗駅という主張をぶつけておいて、後に妥協して北斗と函館の両名併記に落ち着くというものだったようです。このような交渉戦術はまさに玄人の手並みであり、事実そのような状況に近づきつつあります。
 問題は、このような高等戦術を理解しないで感情的になってしまう人々が、騒ぎを大きくする点にあります。そしてこういった人物は函館市側にもたくさんいます。

函館市は地域のリーディングシティなのか
 2004年6月に北海道新幹線の着工が決定し、新駅と関連施設の建設について費用負担をどうするかという課題が生まれました。当時の大野町は函館市にも費用負担を求めましたが、にべもなく拒否されました。函館市側は、現函館駅に新幹線が乗り入れることもなく、新駅が市内に作られることはないことがはっきりしたため、北海道新幹線についての当事者となる意志がなくなった様子でした。その後、合併により誕生した北斗市が建設費用の負担分をそのまま引き継いだため、北斗市側には「カネも出さない函館市に意見する権利はない」という市民感情が少なからずあります。
 道南を俯瞰すると、函館市は政治的、また経済的にも道南におけるリーディングシティと呼ぶべき存在です。ところが、当の函館市はそういった意識がいささか薄いと言わざるを得ません。新駅の費用負担の問題のみならず、並行在来線となるJR江差線の経営分離問題でもなかなか当事者になろうとはせず、江差線など知ったこっちゃないといった態度でした。現函館駅の1日の乗降客数は約8,000人ですが、この全てが五稜郭駅からの乗客と札幌東京間の乗り換え客というわけでもないでしょう。現函館駅で乗り降りする利用客の一部は北斗市や木古内町などからの乗客なのです。多額の予算を投じて駅舎を建て替えた点を考えると、ますます利用客を増やすために積極的に関与しなければならないはずです。
 こういった点や、市内観光拠点や街並みの整備の不徹底を見ると、函館市の問題意識やリーダーシップは弱いと思わざるを得ないのです。

我が北斗市のとるべき道
 北海道新幹線の開業を控えて、北斗市は様々な観光資源開発を計画しているようですが、私はいささか疑問に感じています。
 批判を恐れずに申しますと、我が北斗市が新駅に関連してとるべき施策は大きく二つ、
1.観光は他のマチに任せて中継役に徹する
2.東北経済圏とのつながりを築いて、企業誘致を行う

です。
 道南の観光振興については、以前の記事でお示ししていますのでそちらをご一読頂きたいと思います。
道南の観光振興を考える(1)
道南の観光振興を考える(2)
道南の観光振興を考える(3)

 企業誘致については、高谷寿峰市長が精力的にトップセールスを行っていますが、より効果的な方法で行うべきです。
 企業の視点から見ると、よその市長が誘致のために訪ねてきたところで、そう簡単に進出を検討したりはしません。企業が他の地域に進出をはかるとしたら、その判断基準は「その地域で儲かるか」という点に尽きます。想定されるリスクを上回る利益が予想されるなら、企業は利益を求めて進出を決断します。企業の利益を役所が約束するということはそう簡単にできることではありませんが、リスクを減じることはある程度できます。進出した企業に補助金を交付することもリスクの低減ですが、あらかじめ人脈を構築してやることもまたリスク低減につながります。つまり、市長や担当課の職員だけがトップセールスに歩くのではなく、市内の主立った企業や金融機関の要人も常に同行してもらうのです。
 そうすれば、市長がトップセールスでこじ開けた扉を通して互いに行き来することができます。
 私も現在、ある工場誘致の事案に関わっています(詳細はまだ明かせません)。相手の担当者は市議会議員としての私の存在に価値を見出していた様子で、落選したときはいろいろと苦言を頂戴しました。それでも数年内には何らかの結果が出そうです。我が北斗市の経済振興にわずかでも貢献できれば幸いです。

新幹線は一自治体の専有物じゃない
 新幹線は一自治体のものじゃないと強く感じるようになったのは、2005年の着工式からです。
長野新幹線.jpg その時、着工式に出席を求められたのは町長や議会議長、商工会長などの方々で、その他の議会議員は対象外とされました。町の代表として列席できないことを憤慨していた議員も何名かいましたが、現場に行くとそんなの当たり前だと思えるような光景が目に入りました。
 来賓として幾人もの国務大臣や国会議員などが集まり、それらをアテンドしていたのが高橋はるみ北海道知事だったのです。知事がスタッフとして来賓ひとりひとりに頭を下げてお迎えする姿は、新幹線は国家プロジェクトなのであってひとつの町や地域が勝手に振り回して良いものではないということをまざまざと物語っていました。
 北海道新幹線は道南全てに恩恵をもたらすものでなくてはなりませんし、北斗市も函館市も海に浮かぶ孤島じゃないのですから、経済的には互いに深くつながりあっています。だから、北斗市だけが新駅を使ってひとりで儲けることはしてはなりませんし、そもそもできやしないのです。道南の持つ全ての力を集めて、全体で豊かになる道を探らなくてはならないのです。
posted by しらいし at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済

2013年12月08日

「知る覚悟」はあるか -特定秘密保護法の成立をめぐって-



 6日深夜、機密を漏らした公務員らへの罰則を強める特定秘密保護法が参院本会議で採決され、自民、公明両党の賛成多数で可決、成立しました。
 この法律を巡る議論は実に混乱したものとなりました。特に反対派は「知る権利」の侵害であるとして激しく反対しました。法律の詳しい内容については繰り返し報道や解説されていますので、ここでは少し異なる視点でこの法律を取り巻く状況について、いくつかの問題を述べたいと思います。

秘密保全は十分か
 まず、秘密の保護について従来の法律では足りないのか、という問題です。もし、我が国が鎖国をしていて、一切の貿易も海外旅行も行わない、国際社会にも絶対かかわらない、自国の防衛能力は無敵の強さで如何なる国も侵略を試みない、という状況であれば秘密の扱いは今までの水準で十分でしょう。しかし、上記の仮定がバカバカしいものであることは論を待たないでしょう。現実の我が国は、世界との関わりなしには生存していけません
 国際社会の中で生きていく以上、他国についての様々な情報(インテリジェンス)を常に必要とします。そしてそれらの情報の一部それも少なくない一部は自分達の持つ情報機関だけでは収集できません。
 たとえば、今年1月にアルジェリアのイナメナス付近で発生した人質拘束事件では、安倍首相が事件発生の翌日夕刻にイギリスのキャメロン首相と会談していました。しかし、事件の発生場所や背景から考えると当事国以外で、最初にコンタクトをとるべき国はフランスだと思われます。しかし、フランスに対して現地の状況や事件解決のためのアルジェリアの行動について情報の提供を要請したとして、はたして応じてもらえるでしょうか。同盟国のアメリカですら我が国に対して重要な情報を伏せてしまうことがあるのに、そこまで関係の深くないフランスが我が国のために重要な情報を提供するとはとうてい考えられません。なぜなら、我が国は秘密情報の保全について極めて管理の甘い国だと認識されていて、そして秘密を保つべき重要情報は、時として人的消耗と引き替えに入手することもあるからです。どこの国であっても日本の国益のために自国のエージェントの消耗(場合によっては死を意味します)を受け入れたりはしません。
 現在の我が国は、秘密保全の能力は低いと言わざるを得ません。重要な情報を入手したいならば、自国の情報収集能力を磨くこと、他国から仕入れた情報を軽々に漏らさないことが必要です。十分な情報がないまま、我が国の経済を支えるために世界の資源地帯に同胞を送り込み続ければ、今後もアルジェリアでの人質拘束事件のようなリスクを負い続けることになり、そのために異国で非業の死を遂げる人々を出し続けることになるでしょう。

権利と義務
 今回の騒動では「知る権利」という言葉がずいぶんと振り回されました。確かに知る権利は健全な民主主義社会を築いていくためにとても大切な概念です。しかし、権利には義務があることをしっかりと考えているでしょうか。
 知る権利に対する義務とは何か、それは「知った者の義務」つまり当事者になるということです。知る権利とは、つまるところ自らの社会で進行中の出来事を知ることで、その出来事に対して意見や賛否を表明することにつながるものと考えられます。だから知ることは当事者になることなのです。
 知ってしまった以上、知らなかったことにはできません。マスコミや知識人・有識者を自称する人など、知る権利をことさらに主張する方々は果たして「知る覚悟」をお持ちなのでしょうか。自分の知らないところで何かを決められたり行われることはイヤだが、知った事が面倒なようなら知らないふりをしたり、安易な反対を唱えるだけならば、それは義務を果たす姿勢とは呼べないと思います。
 知る覚悟を持つつもりが無いのであれば、知る権利もまたそれなりにしか手に出来ないことをよく考えていただきたいと思います。
posted by しらいし at 02:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・行政

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