2015年02月03日

事に臨んでは危険を顧みず 〜私の政治の原点@〜

 いろいろ思うところがありまして、私自身の政治の原点を少し整理してみたいと思います。

 私が海上自衛隊に入隊したのは昭和63年4月5日のことでした。もともと自衛隊に入隊する気はなく、なりゆきで試験を受けましたが、経済的にはあまりよい状況ではなかったため、いずれにしろ進学できるような状況ではありませんでした。
 しかし、私自身は家の経済状況を顧みたわけでも、自衛隊を積極的に目指していたわけでもなく、自衛隊函館地方連絡本部(略称・函館地連。自衛官の募集業務などを担当しています。現在は地方協力本部と改称されています)の募集担当者に手渡されたパンフレットの初任給に目がくらんで志願しました(11万少々の金額でした。浅はかですね)
 そんなわけで、たいした目的意識も無く、うっかり入隊してしまった私でしたが、最初に送り込まれた場所は、海上自衛隊横須賀教育隊というところで、第261期練習員という身分になりました。着隊から数日の間に私物は送り返され、頭は角刈りにされ、全員同じ青い作業服で不揃いな隊列を組み、入隊式の演練(自衛隊用語で練習の意)を繰り返しました。
 入隊式では、全員が声を合わせて次のような宣誓文(服務の宣誓)を読み上げます。

私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

 この宣誓書を初めて読んだときギョッとしたものです。事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め・・・って、これって任務のためなら死んでもかまいませんって事じゃないか、ということに気付いたからです。ヤバいところに来てしまった、と気が付いても後の祭り。宣誓し、宣誓文に署名捺印して、白石2士(2等海士の略で昔の2等兵みたいな階級)というヒヨッコ海上自衛官の一丁上がりというわけです。
 その後に続く4ヶ月半の地獄の訓練の話は次の機会に譲りますが、この宣誓については繰り返し考えることになりました。
 身の危険も顧みず遂行する任務とは何か、命を捧げて守らなければならない国家とは何か、そんな厳しい宣誓をしてまで任務を果たそうとする自衛隊とは何か、といった具合です。
 その年の8月に横須賀教育隊での練習員課程を修了し、青森県大湊の第32護衛隊「護衛艦おおい」に初任海士として配置されました。海の世界は初めて見るものばかりで、とても楽しいこともありましたが、艦の仕事はとても厳しく辛い日々でもありました。
 そんな護衛艦勤務を過ごしていたある日、海も天気も穏やかで、艦は三陸海岸の沖を北上していました。私は、たまたま甲板上に出たのですが、そのとき目に飛び込んできた三陸海岸の景色は、それはそれは荘厳で息をのむほど美しいものでした。
 しばらく見つめていて、そしてふいに気付いたことがありました。「これが自分たちの国なんだ・・・」自分が何のために危険な誓いを立てたのか、自分なりに理解した瞬間でした。この美しい国土と、そこで生まれ育って生きていく人たちを守るために自分たちがいるんだという実感でした。
 もちろん、その時はここまで明確に悟ったわけではありません。後になって振り返ればこんな感じだったということです。

 私たちは皆、故郷の風土とそこに積み重ねられた歴史や伝統に大きな影響を受けながら成長し、暮らしていきます。人はただ人のみで人となるのではなく、自らを包むあらゆるものによって自己を形成し、認識し、生きていくのです。故郷を守ることは自分を守ることになるのです。

 政治の世界とは、時に論理が通らず無理がまかり通る、権謀術数の濁った海と思えるときがあります。しかし、命を捧げる誓いを立てた身にとって、そんな政治の海など恐るるに足らず。私たちの故郷を守るために行動し、誓いを果たし続けることが私の政治家としての原点のひとつなのです。
 
posted by しらいし at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ
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