2012年01月19日

東北経済圏と「絆」を再び

 数日前ですが、函館商工会議所の松本栄一会頭が、北海道新幹線開業を見据えた東北市場の開拓を訴える内容の記事が新聞に掲載されていたと知人から知らされました。
 私は、何年も前から議会等で同じ主張をしてきましたが、当時はなかなか耳を貸してもらえなかったことを覚えています。誰もが新幹線開業イコール東京へのアクセス短縮という短絡的な発想を持ち、東北なんて過疎地でしょ?とでも言わんばかりの反応が多数派でした。しかし、こちらが熱く想うほど首都圏の人々は北海道・道南のことを想ってくれるわけではありませんし、北海道新幹線開業後は札幌よりも仙台の方が短時間で行ける100万人都市ということもできます。近いところをおろそかにしてはいけません。

 また今回の松本会頭の記事ですが、やはり理解に乏しいな、と感じられる点が見受けられます。会頭の発言の中に「東北との経済・文化的なつながりは薄かったが」というくだりがありますが、少なくとも文化的なつながりは薄くはありません。少々乱暴な言い方をすると、函館・道南の人々が東北とのつながりを忘れているだけです。
 古くは縄文の頃から津軽海峡を挟んだ一大交易圏として交流し、道南が渡島津軽津(わたりしまつがるつ)と呼ばれていたころには津軽との人的・経済的交流があり、松前藩の始祖である蠣崎氏は若狭国から下北を経由して北海道に移りました。当時、米の穫れなかった北海道に米を供給したのは弘前であり、徳川の世を終わらせ現代日本の骨格を決めることになった近代最大の内戦である戊辰戦争の最後の戦いは函館で戦われ、その戦いの最中、多数の会津藩兵も非業の死を遂げており、函館の高龍寺には「傷心惨目の碑」という供養の碑があります。今でも函館に来るたびにお参りに来る会津の方がいるそうです。余談ですが、かくいう私もご先祖様は三戸から渡ってきたとのことです。
 歴史をひもとけば、東北とのつながりは驚くほどあるのです。自分が知らないからつながりがないとか薄いとか述べるのはいささか不見識であると思います。

 経済的な規模からみて、東北経済圏に注力することは効率が悪いと言っていた方もいましたが、東北経済圏は首都圏とのつながりが意外に少なく、独立性の高い経済圏であると聞いたことがあります。東北の独立性が高いのは古くから繰り返し苦難に襲われ、辛酸をなめてきた土地であることと無関係ではないと思います。古代の朝廷による蝦夷征討、その後も奥州藤原氏や松平肥後守など、事あるごとに軍事侵攻を受け、昨年起きた東日本大震災の地震に匹敵する貞観地震や、天明の大飢饉、昭和東北大飢饉と繰り返し発生する飢饉など数々の自然災害にも苦しんだ歴史が東北にはあります。そんな東北ですから、時間はかかるでしょうが東日本大震災からも必ず立ち直ることでしょう。

 そこで、私は北斗市や道南に対して提案があります。東北で処分に困っている震災の瓦礫を出来る範囲で引き受けるのです。今、瓦礫引き受けというと「放射能を持ち込むな」といったヒステリックな反応が必ずといって良いほど巻き起こります。どこにでも自分のことだけしか考えられない視野狭窄的な人はいるものですが、確かに農水産業を基幹産業としている北斗市にとっては、風評被害もまた危惧すべきものでしょう。しかし、東北で発生した瓦礫が全て汚染されているわけではありません。汚染されていない瓦礫を引き受ける。そういったできる範囲の事ぐらいはやったらどうでしょうか。放射能汚染にまつわる風評被害や差別は目に余る物があります。そんな状況だからこそ、できる範囲で困難を分かちあうことです。そうすればいずれ立ち直った東北の人々が、北斗市を訪れてくれるようになります。
商取引の基本は価値の交換のみならず良心の交換も重要な要素です。相手にとってより良い価値を提供するから対価を得られるわけです。ここはひとつ、東北の人々に対して先に良心を示して、それから北海道新幹線を道具にして商売の話を始めてもよいと思います。
posted by しらいし at 02:28| Comment(0) | 政治・行政
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


人気ブログランキングへ