2012年08月06日

進歩史観に自虐史観・歴史修正主義者のみなさまへ

 私は、日頃から歴史を学ぶ重要性を周囲に説いていますが、その度に「歴史って暗記物でしょ」とよく言われます。まぁ、年号や人物の名前、有名な事件などを暗記して答える、という事を指しているのだと思いますが、いわゆる「テストと解答」というシステムに人々が慣れすぎているという事の現れなのでしょう。いつもいつもガッカリしています。
 歴史とは単純な暗記物ではありません。もちろん覚えなくてはならない要素もたくさんありますが、それを言ったら全ての学問は暗記物でもあります。自らの記憶にないモノは考えたり論じたりすることはできませんから。
 歴史という学問は実にダイナミックで、なおかつ学ぶと「大変お得」な学問です。なんせ、ありとあらゆる事について、歴史上の様々な人々がいろいろな事について試行錯誤して成功も失敗もしている、それらの経験をそれほどの苦労もなしに追体験できるのですから、これをお得と言わずしてどうしましょう。
 さて、私から見ると歴史好きな面々にはいくつかのパターンがありますが、同じ歴史好きでもあまり仲良くなりたくない方々もいらっしゃいます。それは、「進歩史観」と「自虐史観」の持ち主、そして「歴史修正主義者」と感じる方々です。なぜ嫌いなのか、分けて説明します。

 まずは進歩史観の持ち主。時代を下るにつれ、人間は進歩しているという歴史観です。この考えによると、古いものほど原始的で非科学的、非論理的ということになりますが、果たしてそう言い切れるのでしょうか?
 確かに、進歩してやまない分野もありますが、視野を広げてみると必ずしも新しい時代ほど進歩しているとは言い切れません。たとえば、ハムラビ法典。これは約三千八百年前のもので現在のところ歴史上2番目に古い法典とされており、その中にはあの有名な「目には目を歯には歯を」というタリオの法の概念も含まれています。
 この目には目を、という文言は「やられたらやり返せ」という意味に捉えている向きが多いかと思いますが、本来は「受けた被害以上の報復は許さない」というものです。これは報復合戦を防ぐということを目的にしており、社会の秩序を求めたものと言えます。法典では、罪に対する罰はあらかじめ法で定めておくということも示されており、私的な制裁を禁ずるということになります。現在の社会では、この概念を罪刑法定主義と言います。
 また、ハムラビ法典では次のような一文も記されています。
強い者が弱い者を虐げないように、孤児と寡婦に正義が授けられるように
 これはどうでしょう。社会正義の実現と弱者救済が明確に宣言されているのです。さらに驚くべきは、泥棒に入られた者がその犯人を捕らえて賠償させることが出来ない場合、神殿に赴き神の前でその被害を正直に申告すれば、その者が属する市がその被害を補償するということまで記されています。今風に言えば、犯罪被害の公的救済というところでしょうが、現代社会でもこれはそれほど実現していません。
 歴史を紐解くと、現代社会よりも優れた概念や制度、技術や思想など何度も具現化しており、新しい時代ほど進歩しているなどとは、とても言えないと思います。

 次に自虐史観。これは主に、太平洋戦争での我が国の振る舞いを反省した歴史観と考えられますが、私から見るといささか反省しすぎなのではないかと感じています。
 戦争は悲惨です。なくなった方がよいに決まっていますが、戦争を防ぐための努力とは果たしてどういったものでしょうか。
 「かわいそうなぞう」というノンフィクション童話があります。太平洋戦争中の昭和18年夏に上野動物園で餓死させられた3頭のゾウのお話です。その物語によると、都市が空襲を受けた際に動物園の猛獣が逃げ出すと危険なので、事前に処分しておくようにと軍隊から命令されて動物たちを次々と殺すのですが、3頭のゾウだけは皮膚が厚くて注射も出来ず、毒入りの餌も警戒して食べない。万策尽きた飼育員達は餌を与えず餓死させる事にしますが、日に日に衰弱していくゾウたちを悲痛な思いで見届けます。一ヶ月ほどしてゾウが死ぬと、飼育員達が泣きながら寄り添って「戦争はいやだ!」と叫ぶその上空に爆撃機が飛んで来て爆撃を始めるというラストです。
 とても悲惨なお話ですが、その飛んできた爆撃機はいったいどこの国の爆撃機なのでしょうか? 東京に本格的な空襲が始まったのは昭和19年の11月のことですが、このお話はその前の年の夏ということになっています。また、軍隊の命令で動物の殺処分をしたという話ですが、実際には軍は空襲時のガイドライン提示を要求しただけで、早めの殺処分を命じたのは当時の東京都です。
 このお話の作者は事実誤認を指摘されても、子供達の教育のためには少々の創作は問題ない、と開き直ったそうですが、もし子供達が成長してこの件について知ったとき大人としてどう答えるのでしょうか。「君たちに戦争の悲惨さを伝えるためにあえて嘘を語ったんだよ」っていうのでしょうか?
 私はこういった点に問題を感じています。こんな教育では、戦争を嫌いにはなっても防ぐことはできません。ところが、自虐史観をお持ちの方々は過去の戦争にまつわる歴史を大変恥ずかしいものと捉えるのか、やたらと悪者扱いです。ですから、戦争に至った動機や要因、経過なども恥としてとにかく否定します。否定だけならまだマシな方で、先に挙げた児童文学のように事実の改ざんまで平気で行う方もいます。しかし、そうした暴走の行き着く先は、新たな戦争であることを歴史は教えています。
 自虐史観の持ち主は、おそらく自身のことを平和主義者と考えていると思います。しかし、その「平和主義」とはどういったものでしょうか。自ら武器を捨て、平和を唱え続ければ平和になるといった思想でしょうか。ずいぶんと気楽な思想と思いますが、仮に他国から武力攻撃を受けても決して抵抗せず、死すとも平和の説得を止めない、ということでしたらこれは賞賛に値します。ですが、実際それほどの覚悟を持った人はそういるものではありません。
 ピースボートという団体がありますが、その人達はソマリア沖での海賊対処行動について大反対しました。それはそれで主張のひとつですから問題ありませんが、そのピースボートが主催する世界一周ツアーの旅客船がソマリア沖を航行した時には、自分たちが反対した海賊対処行動で実施されている船団護衛を依頼してきました。そのツアーの主催者は、「海賊対処行動には反対だが、安全のためやむを得ない」といったコメントをしました。
 この矛盾した発言には今更驚いたりしませんでしたが、ソマリア沖に海賊が出没するようになったのは、つい先週から、というわけではないのです。出航する前から状況は同じであり、ツアーを企画していた頃からでも大差ないと思います。それであれば、企画段階でソマリア沖に近づかない航路をなぜ選択しなかったのか、という点に大変疑問を感じました。おそらく危機管理という概念がないものと思われます。
 少々話が脱線しましたが、戦争について正しく理解することを否定し、とにかく悪いことなんだと信じ込んだところで、戦争をなくすことは出来ません。本当に戦争をなくしたいのなら、戦争と平和の関係を深く理解することです。誰かが邪なことを企んだから戦争が起きるとか、武器を廃絶したら戦争を防げるという考えはナイーブすぎます。具体的な話はいずれ述べたいと思いますが、歴史をひも解くと戦争をうまく防ぎ続けた例はたくさん見られます。過去の事実を否定したり歪曲することは、理解ではなく無知に導くことになるでしょう。

 最後に歴史修正主義者についてです。これは、自虐史観の揺り戻しのような方々を指しています。曰く、大東亜戦争にも正義はあった、とかアメリカの陰謀で日本はやむなく戦ったとか、いろいろな意見が見られます。いつだったか、私にも「大東亜戦争では、日本にも正義はあった。日本が戦ったおかげでアジアの国々は独立できた。そう思いますよね」と意見を求められました。私は即答で「太平洋戦争についての我が国の戦争指導は全く評価できない」と答えました。相手は面食らった様子でした。おそらく私が元自衛官だから賛同するだろうと思ったのかもしれません。しかし、元自衛官だからこそあの太平洋戦争の戦争指導や作戦指揮については賛同できないのです。
 戦争はゲームではありません。勝っても負けても双方に多数の犠牲が出ます。試しにやってみるとか、うまくいかないので無かったことにするなどといったことはできないのです。たからこそ、やるからには結果が全てなのです。太平洋戦争では、我が国は滅亡の縁に立たされました。たまたまアメリカの都合が変わって、我が国を徹底的に叩くよりも対ソ連の戦略的根拠地としたほうが良い状況になっただけのことです。だからあの戦争は完全な敗北です。戦争とは国益のためにやるものです。結果が滅亡寸前では、そこにどんな理由があれ失敗だったのです。しかし、とにかく我が国は生き残ることができた。ならば、なぜ戦争に敗れたのか、そもそもなぜ戦争を選択することになったのか、将来に備えて冷静に分析し教訓を導き出すことこそが大切なことであって、正義があったかどうか振り返るなどという話はさほど重要なことではないのです。

 人は、自己を肯定しながら生きていくものです。ですから、あまりに自虐的な反省はいつまでも耐えられるものではありません。だからといって、今度は過去の肯定ばかりで反省がなくなっては明日を生きていくための教訓も得られません。
 過去の事実をやみくもに肯定したり否定したりせず真摯に向き合い、未知の未来を生きていくための英知を手に入れること、それが歴史を学ぶということなのです。
posted by しらいし at 09:06| Comment(3) | 自然・科学・歴史
この記事へのコメント
なるほど、よくわかりました!ポチ☆
Posted by Red at 2012年08月09日 11:38
文章楽しく拝見させていただきました。
なんとなくのイメージで自衛官の方には田母神さんヨリの歴史認識の方が多いのかなと思っていましたが、白石さんのように歴史を深く捉える方もいらっしゃるのですね。驚きました。
Posted by ナイト at 2014年02月21日 12:14
ナイト様、ありがとうございました。ウインストン・チャーチルも、より深く過去を振り返ることができる者が、より遠くまで未来を見渡すことができる、と述べております。歴史は未知の未来を切り開いていくための学問だと思っています。
Posted by しらいし at 2014年02月22日 07:27
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